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自己啓発

魂の時代の学び「信仰ではなく信心が救い・喜びである」

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神仏を信じることが既にご利益

人は、人を信じます。

そして裏切られたとき、人間不信になります。

誰も信じられなくなるのです。

日本人には、これが普通の考え方です。

 

しかし、イスラム教徒は、ちょっと考え方が違う様です。

イスラムでは裏切られた人は「裏切るような人を信じたからいけないのだ」と考えるそうです。

人は、絶対に裏切らないものを信じるべきである。

イスラムではそれが神(アッラー)の存在なのです。

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ですから、イスラム教徒に言わせれば「私は裏切られた」と愚痴をこぼすことは、自分の愚かさを自ら露呈しているようなものなのです。

 

私はイスラム教徒ではありません。

イスラム教徒の考え方を押し付けるつもりはありません。

ただ、考え方も色々あることが言いたかったのです。

 

私達は、神や仏を信じることで、何かしらの救いを求めています。

神仏を信じることで、ご利益を求めます。

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これも間違いではないようですが、実は、信じていることが、すでにご利益なのです。

神や仏を信じることが、救いであり、喜びなのです。

それ以上も、それ以下もない。

それ以上も、それ以下も、求めてはいけないのです。

 

例えるならば、毎日楽しんでやってる散歩の様なものです。

身体を鍛え健康を得るために厳しいトレーニングをする様なことではなく、ただ、楽しみながら散歩をする。

信じることも楽しむことなのです。

楽しいと思えることで、すでに有り難い「信心」を、神仏から授かったのです。

本当に有難いことです。

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「信仰」と「信心」

「信仰」と「信心」はちょっと意味が違うと思います。

文化庁の統計によると、日本には2億人を超える信者人口がいるそうです。

実に人口の倍です。

これが意味することは、殆どの人が何かしら「信仰」をしているという事です。

 

「信仰」とは、例えるならば病気を治したいために、一心に神仏を信じることです。

そして、それが治ると神仏の御蔭だと信じることが「信仰」です。

いわゆる「ご利益信仰」と言われるものです。

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ですから、病気等を治すために、色々な神仏を信仰するため次々と新興宗教の門をたたく結果、人口の2倍もの信者がいるということのようです。

 

一方「信心」とは何か?

これは、病気になって神仏を祈る。

しかし、治るかもしれないが、治らないかもしれない。

病気が治ることも、治らないことも、どちらも「不思議」と考えること。

これが「信心」なのです。

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「不思議」というのは、神仏の考え、御心は私達にはわからないと考えることです。

私達から見れば、病気は苦です。

しかし神仏から見たときには、意味が違っているのかもしれない。

それが「不思議」ということです。

 

できれば、私は「信仰」ではなく「信心」を持ちたいと思います。

 

最後までお読みくださいまして、感謝申し上げます。

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BEN

BEN

50歳を目前に事業の失敗・借金・うつ病・離婚等の苦難を経験しました。 再起をかけ精神的・経済的成功を目指すため、マインドセットを学んでいます。 配信情報が皆様のお役に立てれば幸いです。 よろしくお願いします。

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